なにをやっても嫌う人もいれば、好きでいてくれる人もいる

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ボクの中で

「やりたいことをやる」

・・・というのがあります。

それは、行動でもそうだし、

何かしらの言葉や発信も、そうです。

自分のやりたいこと、

思った事、言いたい事などは、やるし、言う。

でも、

こういう行動をしていると

嫌う人もいるんですよね(笑)

こういうのは、ボクに限らず、

結構な人も経験しているんじゃないでしょうか?

もちろん、配慮はしてるつもりだし、

ただただ攻撃的なのはやらないようにしてる・・・

それでも、「嫌う人」は絶対現れてくる。

こういう経験ない?

でもね、ボクは、そういう人が

現れても全く気にしていない。

正直、どうでもいいんです。

その考えの基、礎になっているのを

ここに書いていきたいと思いますね。

人それぞれ考え方が違う

まず、ボクの考えの根幹をなしているのが

人それぞれ考え方が違う」ということ。

トマトが嫌いな人も、いれば、好きな人もいるよね。

・・・と思えば、トマト嫌いだけど、

ケチャップは、好きな人いるんですよね。

卵っていうのも、同じ。

生卵はダメだけど、ゆで卵ならいける。

オムレツの半熟は、苦手。

なんでもそうだけど、

好きな人もいれば、嫌いな人もいるんだよね。

そして、それは、考え方、全てにいえる。

「Aさんの考え方は嫌い」

・・・って言う人もいれば、

「Aさんの考え方は好き」

・・・って言う人もいるわけで。

それは、自分にも言えることで、

自分の考え方を好きな人もいれば、

嫌いだって思う人もいるんですよね。

逆に

自分と違う考え方の人がいても

目くじらを立てることはない。

ボクは、ブログで、

自分の考えを色々と書いているけど、

同意してくれる人もいれば、

当然「そうは思わない」

「何言ってるんだコイツ」って言う人もいる。

自分の考えであり、

「トマトが嫌いなんです」

・・・と言ったとして、

「何言ってんだコイツ」

・・・と言われても仕方ないんです。

こればっかりはしょうがないし、

気にしてても、しょうがないよね。

2:6:2の法則

2:6:2の法則」というのがある。

これは、

何にでも当てはめられるもので、

今回は、好き嫌いで分けてみよう。

2(20%)・・・何をやっても好きな人

6(60%)・・・どうでもいいorその時で判断する人

2(20%)・・・何をやっても嫌いな人

・・・という感じで、分けられるんです。

これはパナソニック(松下電工)の創業者

「経営の神様」松下幸之助さんも言っていて、

さらに、こう言葉を続けているんですよね。

殆どの人は、あなたが嫌いな2割の人を意識しすぎている。
それによって、自分らしさが出せていない人が、あまりにも多すぎる」

分かるなぁ。ささるなぁ。

松下幸之助さんの「道をひらく」は

名著なので、強くおすすめしたいです。

本 当 に 良 い !

「2:6:2の法則」は

「パレートの法則」と呼ばれる

「80:20の法則」の派生形とも言われている。

80:20もどこにでも当てはめられるんだよね。

「売上の80%は、全商品の20%が作る。」

「アリを分けると2割はサボっている、サボるアリをどかして働くアリだけにしてみても、また、そのうち2割はサボる」

・・・という具合に。

これらは

必ず20%というわけではないとは思う。

けど、近似値は出てくると考えています。

絶対現れるんだったらしょうがないよ(笑)

嫌う人は人生においてどうでもいい

それでも嫌ってくる人が

気になる人もいると思うんですよね。

ボクは

「自分の人生においてこういう人はどうでもいいや」

・・・って思うようにしてる(なってる)。

だって、何をやっても

嫌うし批判してくるんでしょ?

そんな人のこと気にしてても

しょうがないって思うんだよね。

極限に嫌いな人は、

あなたの行動の意味とか質なんて見てないし、

たとえ、それが素晴らしい物であっても、

「あなた」という時点で嫌いなんだから。

そういうのには、もうお手上げです!

「どうにかして好きになってもらおう」

・・・という考えは、無理!無駄!!

嫌いな人に対して費やす

感情・時間を自分のため・他の人に

使った方が良い気がするんですよね。

どうしても、そういう人が

現れてしまうと思ってるし、

普通・フラットの状態なら、まだしも・・・。

「嫌い」という状態の人に対しては

まったく何も、できないってことです。

気にしてるだけ、無駄なので

「自分の人生においてこういう人はどうでもいいや」

・・・ってなってます。

無関心状態です。

マザーテレサも言っていますよね。

愛情の反対は憎しみではなく、無関心

嫌いな人のこと考えても面白くない

でね、

「どうでもいい」

・・・と思う理由もあるんですよ。

そういう人の事と接したり

考えていても、

面白くないから

やっぱり、普通に接してくれたり

行動を、評価してくれる人の方が、

接していて楽しいです。

否定・批判も政党な判断基準の上で

評価してくれるなら有意義なことです。

好意を抱いてくれている人と

話しをしている方が楽しいですよ。

そして、その人達のために

何かをしたり考えた方が楽しいです。

ボクの中で「楽しい・面白い」というのは

必須であり、行動の判断基準なので、

面白くない事には極力関わりたくないんです。

嫌われたっていいじゃない

自分のやりたい事、

言いたい事があるならば、

別に嫌われたって

いいんじゃないかなと思う。

それで嫌う人が

いるならしょうがないですよ。

自分の人生だし、

やりたい事やらなきゃ損だし。

別に「嫌われたくない」というのが

ボクの人生じゃないし・・・。

嫌う人のために

生きてるわけじゃないし。

ただ、

わざわざ嫌われる行動をする

必要はないと思っていますよ。

もちろんですが・・・。

「相手が嫌がる行動をわざとやる」

とか

「直接攻撃する」

とか。

そういうのは、

基本はしたくないし、

しないようにしてる。

それこそ、

わざわざ嫌われるなんて

意味がない行動だと思ってるから・・・。

自分のやりたい行動・言いたい事が

誰かの嫌な事だった場合・・・しょうがない!

これは嫌われる覚悟で

自分のやりたい事をやったほうがいい!

自分のやりたいことやった方が楽しいし。

何が、自分の中で、

重要なのか?って言う部分だと思う。

おわりに

ここまで、書いたけど、

「最近、嫌ってくる人がいて、うるさい」

・・・とかは何もないです。

もしかしたら、

言われているかもしれないけど。

もし、言われているなら、なおさら

「そういう人と付きあわない方が良い」

・・・と、ボクは、個人的に思っています。

以前書いた

悪口や陰口を言う人と付きあわない方が良いよ。損をする。

・・・と同じことですね。

なにをやっても、嫌う人もいれば、

好きでいてくれる人もいるから・・・。

誰かの事を気にして、

何もできなくなってしまうのは

もったいないと思うんですよね。

「自分のやりたいことが出来ない」

・・・という事こそストレスで、

ストレスを溜めないように

生きていきたいと思うんです。

だから嫌う人のことなんて

考えている時間がもったいない。

やりたいことをやって、

それでも近くにいてくれたり

好きでいてくれる人と

付きあった方が有意義だし、楽しい。

「嫌われたくないな~」と思う人もいるけど、

「嫌われても別にいいんじゃない」と思ってます。

「付き合う必要のない人が見つかった」

・・・くらいに思えば、めちゃくちゃ楽ですから。

もし

「嫌う人がいて悩んでる」や

「行動できない」という人がいて、

ここに書いたような考え方を、

ちょっとでも取り入れられたら

少しは楽になるかもしれないな

・・・・と思って書いてみました。

何かしら参考になれば嬉しいです。

感想お待ちしてます

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