何事でも、下手な人ほど練習時間が圧倒的に短い

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「どうすれば、そんなにも

 情報発信するネタが手に入れれるんですか?」

こんな質問を、たまにいただきます。

以前書いた記事

「「どうしたらこんなに情報発信するネタがあるの?」を考えて出てきた8つの理由」

・・・というのもあってか、

ここでは「メンタル面」というか

誰もがもつ気持ちの部分を書きました。

これがないと、始まらないよという部分。

少し進んで、このあとの部分。

僕は、「質」よりも

「量」だと思っています。

質も大事だけど、

それよりも圧倒的な量が大事

・・・というのが、ボクの持論。

 

「いつやるの?今でしょ!」でお馴染の林修さんの考え

いきなり、関係ない話をするんですが、

「いつやるの?今でしょ!」の林修さん。

東進ハイスクールという進学塾で

東大など超難関大学に多数送り込んでる

教育のスペシャリストなんですよね。

その多くの生徒を見続けてきた

林先生の本を最近色々と読んでいます。

前回読んでブログにまとめた

林修の仕事原論-壁を破る37の方法-

・・・に、書かれていたことが

とても、大事だと改めて思いました。

成績が上がらないという人ほど勉強不足

成績が上がらないという人ほど、単に勉強不足という量の問題に帰結する。
学力の低い生徒ほど量が少ない。

充分以上に頑張っているのに、成果が伴わない。
→ 努力の方向が間違っている
→ 努力する場所が違う

自分なりのまとめ方をしているけど、

このようになります。

さらに本では

このようにも書かれていました。

授業後に遅くまで残り話している生徒が3名いた。
「早く帰って勉強しろよ~」というと「大丈夫です。どう考えても東大に受かる気しかしないんです」という。
生意気とも思ったが、たしかにこの生徒たちは誰よりも勉強をして東大もほぼ合格確実の学力を備えている。心配はあまりない。 実際彼らは全員東大に合格した

だいたい

こんな感じだったと思う。

ここで言いたいのは、

「確実というところまで

 時間を費やして、余裕ができている」

・・・ということなんですね。

膨大な時間を費やして、何回やっても

東大合格の判定を受けていればこその余裕。

そして、大きな自信。

天才ではない限りは、

余程の時間を費やさないと

絶対的な自信を得られることはない。

また別のページには

「不合格になる人は合格するラインまでに

 費やす時間が確実という人と比べて

 圧倒的に少ない事が多い。」とも書かれていた。 

最初の質問の人

最初に書いた

「どうすれば、そんなにも

 情報発信するネタが手に入れれるんですか?」

・・・という質問の人と

何度か、やりとりをしました。

色々なテクニカルな事や

意識なども、少し伝えたけど、

それよりも、

普段パソコンに触る時間が気になり

「どれくらいパソコンに向き合ってますか?」

・・・と聞いたんですね。

答えは「1時間」というんです。

社会人で、

時間があまり取れないとも言った。

1時間はあまりにも少ない・・・。

自由になり、自分の好きなことを

職業にしたいとも言っていたので、

「それはあまりにも、少なすぎます」

・・・ということは正直に伝えたんです。

今は、

どれくらいやっているかは

分からないんですけど・・・。

「毎日1時間程度」をやっていて

他の人と同等・上回る事は無理です。

仮に

質が、素晴らしかったとしても、

圧倒的に、量が足りていないわけで。

量をこなしても成功するとは限らない

矛盾したような言い方だけど、

「量をこなしたからと言っても、

 ”必ず”成功する」とは限らない。

たくさん時間を費やしても

ダメな人もいるし、たいして(?)時間を

費やさなくても、成功する人もいる。

パソコンで言えば、

テクニカル面で、全て完璧に出来た

・・・としても生きていけるわけではない。

ショートカットキーの理解、

状況判断、フレーズ、センス、

性格、などなど絡んでくるわけで。

量をこなすことは、

時間を費やした部分の

パラメーターが上がるのは

もちろん、その突出した値が

他のを多少引っ張り上げてくれる

・・・とも、思ってます。

ゴムを平面に張って、

中央部分をつまんで持ち上げる

・・・と

他の部分も多少持ち上がりますよね?

そういう風にいろいろな部分に

時間を費やして、自分というのが

大きくなっていくというイメージ。

量をこなすというのは、

「始まり」に過ぎない。

量をこなして時間をかけて、

そこで初めて上手くなるチャンス。

成功の道が、少し見える程度です。 

まだ、スタートラインです。

ボクシング漫画の

「はじめの一歩」の

鴨川会長もこう言ってますね。

努力した者が全て報われるとは限らん。
しかし! 成功した者は皆すべからく努力しておる!!

これですこれ。

周りを見れば、だいたいわかる

客観的に見るのは、難しいもの。

だけど、自分と周りを比べたら自分が、

今どの位置にいるかは分かるんじゃないでしょうか?

単純に、プロとおなじようなことが

出来なければ、その土俵にすらいないよね。

周りの知り合いや

友達と比べて劣ってたら、

まだまだの状態なんですよね。

もちろん、

出来たからOKという

簡単な話ではないけど、

自分の進みたい道だったら、

ある程度は、

できるような状態でない

・・・と、

勝ち上がれないのかと思います。

同じ行動をするという勝負で、

「Aさんは出来るけど、ボクは出来ない」

・・・という結果だったら、

そこでは確実に負けてるわけだし。

(あくまで「行動をする」という勝負の場合)

天才だと思うなら練習しなくても良い

自分の事を誰よりも天才だと思うなら、

練習はしなくても良いのかなとも思う。

実際、天才の人はいるし、

否定はしないけど、多くは天才ではないはず。

「努力」という言葉が

正しいのか分からないけど、

確実に対象のモノにかける

時間が多いに越したことはない。

野球のイチローや

ダルビッシュなどは

あの位置にいながら、

かなりのハードワークをやっているよね。

ダルビッシュは、

”とある”面白い考え方をしているんです。

40歳まで生きて2流選手で終わったけど20歳に戻してくれた

これは

何かの野球番組で語っていたこと。

プロ2年目の20歳の頃、相手打線にめった打ちにされた日があった。
その日
「このままだったら1軍と2軍を行ったり来たりする投手で終わってしまう・・・。
何かを変えないといけない。
自分にとって生きてきた20年間はあっという間、このまま20年何も考えずに過ごしたら、あっという間に40歳になってしまう。」

そこでダルビッシュはこのように考えるようにしたという。

40歳まで自分は一度生きていて、2流選手としてクビになり仕事がない状態をイメージした。

そこに神様が現れて「1回20歳に戻してあげるよ」といい、40歳の自分を今の20歳の自分に戻してくれた。

このまま同じ事を繰り返すわけにはいかない。やれることはすべてやる!努力しないとまた同じ想いをして終わる。

・・・という考えがあるそうな。

これ面白いよね。

世界で活躍するダルビッシュ有。

彼が成功し続けるのも

今も、人一倍努力しているからでしょう。

おわりに

単純に技術的な事に

時間を費やすのもあれば、

理論的な勉強もあるし、

気分転換に、

音楽を聴いたり・学ぶ事も

勉強する事があるよね・・・。

誰よりもやっているかな?

「やっている」

・・・という人もいるけど、

絶対に、自分自身よりも

たくさん時間を費やしている人はいる。

上には、上がいるんだよね。

量をこなしていけば、

質の理解も上がって質も上がる。

考えながら質を上げて、

そのうえで、量もこなす

必要があると思っています。

誰よりも、

やっている人だったら、

可能性はあるけど、

寝ないでやってる人は少ないかも。

だから出来るだ限り時間を

費やす必要があると思いますよ。

もちろん、プロと比べているので

プロでやっていきたい人限定ですけど。

もし、誰よりも、

熱心に打ち込んで下手という人がいたら、

それは、今やってる方法・意識が

間違っているということでもあります。

試しては、失敗して考えて、

次の方法試して・・・その繰り返しだと思う。

何事も、質も、量も、大事。

でも量は、確実に必須。

ボクの考えでは、

量のが比重が大きいです。

夜通しやっている人は、

やっぱり、なんでも上達しているし、

「上手くならないなぁ」

・・・と言いながら、

やっていなさそうな人は

やっぱりそこまで

上達していないなと思ってしまいます。

毎日の積み上げ、

その時間が、今よりも多ければ、

そして、

誰よりも多ければ、(そして考えれば)、

自分の行きたい場所へ

行きやすくなるのだと思っています。

(技術だけでなく、

 コネや運も関わってくるから

 難しいんですけどね・・・。)

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