覚醒とは、今ここに居ること

リブログ

どうも、鯉沼(@koichan888)です。

いつも、読んでいただきまして、本当に、ありがとうございます♪

本日も、最後まで、おつきあいいただければ嬉しいです。

それでは、今日も元気にまいりましょう!

 

どういうわけかのご縁で・・・。

 

今更ながらルーシーって映画を見ました。

 

 

あんまり、あーいう

アクション系は得意ではないのですが、、

 

 

どういうわけでしょう。

全く以て毎度、分かり得ませんね。

 

 

覚 醒 ?

 

がテーマになっているからなのか。

 

上映当初、

けっこうスピリチュアル系のみなさんの

興味を引いていたのを記憶しております。

 

 

が、

 

まぁ、

 

映画云々は置いといても、、

 

やはり、「覚醒」 という

言葉のイメージから察するに、、

 

 

さも、

 

常人離れした、超越的な境地が

「どこか」

用意されているという

誤解を助長するくらいは、

未だに充分に見かけられる話です。

 

 

 

悟り系、スピリチュアル系が

お使いになっていらっしゃる、

 

 

覚醒というのは、

 

 

まさに、

 

今ここに「目覚めて」 居る

 

・・・ということです。

 

 

今ここに目覚めているというのは、

特別な境地のことではなくって、

ボクたちがそこ以外に存在し得ない、

今、ここという、本来的な地平に、

 

 

全幅のサレンダーで、

「ただ居る」 ということです。

 

 

サレンダーとは・・・

 

 

つまるところが、

何をしているにせよ、

どこに居るにせよ、

 

今居るその場所以外に、

辿り着くべき場所など

どこにもないということに

確かに気づいているということなのです。

 

 

 

生まれてこの方、

ボクたちが信じて来た思考システムや、

 

空想上の時間の流れ、

人生というストーリーなどに魅了されていると、、

 

 

 

いつでも、

どこでも、

何をしていても、

誰といるときでも、

 

 

「今ここ」 であるという

当たり前のリアリティが

いともたやすく覆い隠され、

 

 

ボクたちの意識は、

常に、「どこか」 を主役にした、

 

 

今ここ(真実)を離れる方向へと

奔走し、探求する、

未完の人生を生き続ける

・・・と言っても良いでしょう。

 

 

 

ですが、

 

今ここに

 

「目覚めて」 居るとき、

 

そこには、

はっきりとした、

ゴールの感覚があります。

 

 

即ち、人生の目的は、

まさに、今この瞬間。

 

 

目の前の出会いの中、

出来事の中、

行為の中にある

 

・・・ということを認識し始めるのです。

 

 

 

というわけで、

 

 

今を生きるというのは、

「どこか」 のゴールを

目指す生き方ではなくて、

ゴール(今ここ)を生きる生き方なのです。