志波彦神社・鹽竈神社に行ってきました

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どうも、鯉沼(@koichan888)です。

いつも、読んでいただきまして、本当に、ありがとうございます♪

本日も、最後まで、おつきあいいただければ嬉しいです。

それでは、今日も元気にまいりましょう!

今日から、11月ですね。

今年も、残りあと2ヶ月。

さぁ、はりきってまいりましょう!!

いろいろな意味で、ボク自身もステージが大きく変わりまして。

2017年、マジで、躍進しまくりのすごーーーい濃厚な一年です。

そんなところで、うちの奥さんと、志波彦神社・鹽竈神社に朔日参り(ついたちまいり)に行ってきました。

朔日参り(ついたちまいり)ってなんだろ?

日本には、古来からついたち参りという習慣がありました。

今でも、もちろんあります。

ただ、ここで一日の意味を考えて見たいと思うこと。

一日(ついたち)とは、そもそもなんだったのか?

参考記事

旧暦(明治以前の暦)では、一日は必ず新月でした。

なぜなら、月のサイクルで動いていたからなんですね。

だから、一ヶ月のことを一ヶ月というし、新月から次の新月までのサイクルが、まさに一ヶ月なのです。

旧暦では、一日に、月が立つ(始まる)。月立ち(つきたち)が訛っての ” ついたち ” 。

旧暦の15夜は、もちろん、満月を意味しています。

今でも、一日詣りと、十五日詣りという習慣がありますが、それは、新月と満月にお参りをしていたということなのです。

新月と満月は、宇宙から見れば、太陽と月と地球が一直線に並んでいる関係性です。

惑星同士が共鳴して、想いのエネルギーが一番届き易い瞬間なのです。

その日を選んで、日本人は昔からお祀りをしてきました。

そして、明治以前は19万社あったお社(現在は8万社)に人々が集まり、祈りを届けていたのです。

日本人は知っていたのです。祈りにはチカラがあるということを。

もともと、日本は、祈りの国でした。

思い出さなくてはですね。祈りの心を。

日本人のDNAに深く刻まれている祈りの心。

旧暦を意識することで、思い出される日本人としての何かがあると思います。

まずは、志波彦神社に

三つ巴のマーク。

実は、奥さんの実家のお墓の墓石も三つ巴。

なんだ、このシンクロは・・・。

スゴすぎる。

次に、鹽竈神社へ

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