情けは人のためならず

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鯉沼(@jun12780701)です。

情けは人のためにならず。

間違った意味で考えてる人もいるかも。

ボクも、もともと、

人に情けをかけても仕方ない。

人に情けをかける。

親切するのは、

人のためではないんですよ。

親切する人の徳になり、

与える人本人が光を放つ

人間になれるのですよ。

・・・と説かれています。

あの人のためにやっているんだ。

あの人のためにしてあげてるんだ。

人のため、人のため、

思い続けるものではありません。

・・・というのが、情けは人のためにならず。

言葉の意味が深かった

人に情けをかけるのは、

その人のためになるばかりでなく、

やがては

めぐりめぐって自分に返ってくる。

人には親切にせよという教え。

「人の為ならず」は、

古語で断定で「人のため」

つまり、情けは生き物全て、

人類しいては地球すべての生命、

それは、

個人さえよければの話しではない。

・・・ということでしょうか?

それが誰かのためになるのではないかと。

みんなのため。

逆に、それをしてあげることは

自分のためでもある。

これは言うべきだ、注意が必要だ。

と思う時がある。

言わないとだめだ・・・

しかし、心の中では

「やめておけ」

自分のもう一人の自分

心の中との暗黙の会話がある。

これを

いうことは・・・

することは・・・

どうなっていくのか・・

こう考えたことはないか。

ボクだけでしょうか?

時々、仲間と世間話しをするんです。

仕事の話しから、人間関係。

こう考えている?

どう思う?など・・・。

きまって、だいたい、

安定を求める仲間は、

「やめたほうがいいんじゃない?」

・・・と、まず否定から入るわけで。

自分が熱くなっているのか?

熱くなり過ぎているのか?

そんなに甘くない。

・・・と仲間は言いたいのか?

結果として「損するの自分」だと

わかっているんだけれども・・・。

自分はいいことだと思っても、

自分・・・自分にとってはいいけど、

「自分のためにはならない」

と言いたいのだろうかと考えてしまう。

回りまわって、いいように思われない、

逆に「悪い人間」に扱われるよ、それ。

・・・と言われたりもしたこともある。

軽く考え、こうなっていくだろう。

「ハッ」と思いついたことが、

点と点がつながり思わぬ発想が、

浮かぶことが、多々あるんです。

今思えば、思いついたことを

「どう思う?」とよく仲間に

たずねる勇気をもったなって思うんです。

少し冷静になり

書き出して

整理してみて

自分の考えを整理して

仲間に話したことがあるんです。

その場合は、

すんなり理解してくれた

仲間がたくさんいたりしました。

一生懸命考えたときの回答には

なぜか、仲間は、うなずいてくれた。

ひとりよがりか。

悪い人間になるか。

それはできない。

かんたんではない。

人は、年を重ねるごとに

上下左右、いろんな角度から

物事を、複雑にいろいろと考えて、

自然と適切な答えを口から出るわけです。

年を重ねるということは

ある意味すごいと思うんですね。

いろんな人

いろんな考え

いろんな性格

いろんな仕事

ケガや事故

様々な経験からでる

若者からすると単なる一言。

しかし、親父の一言じゃないけれど、

年を重ねた、人生の先輩の一言は重い。

結論が、見えてるんでしょうか?

どんなに学問しても、

どんなに知識を入れても、

経験を重ねた人生の先輩の

一言は参考になるんですよね。

肝心な時の素直さ・・・。