「やりたいこと」「ワクワク」とか、どうでもいい。

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この記事の所要時間: 1344

突然ですが、いままで、

ボクが「やりたいこと」だと

思ってやってきたことって

実は、少し違ったんじゃないか?

「いのち」って、

「生きる」って、

そういうこととは違うんじゃないか?

「やりたいこと」とか、

「ワクワク」とか、

もはや、どうでもいい。

遠回りしたのかな?

いやいや、

道草を食らいまくるのも

いいもんだよーーー♪♪

というお話を書きたいと思います。

やり尽くすまでやった

今年の2月中旬ぐらいですかね。

めちゃくちゃ

呆然としていた時期があった。

「やりたいことってなんだ?」

「東京に永住している意味あるのか?」

いろいろとやっていた事業を譲渡して、

国内国外、1年の半分以上も家あけて、

旅しまくって、各国いろいろ旅したし、

いろんな宿泊形態も堪能したし・・・。

あと残りは、歩く、かな。

・・・って思って、去年は、

そうだ、

びわ湖100Kmを歩こう!

・・・ってなって、

長浜城から2日かかけて歩いたんです。

途中で疲労感と、

足の裏の皮がめくれて、

80Km

・・・というところまで達成したけど、

リタイアしてしまったのです。

まぁ、

チャレンジしてみて思ったのが、

準備という準備が、

まったくできてなかったこと。

あ、やり尽くしちゃった。

もう、いいかな・・・。

いろいろなことを辞めて

ちょうど丸1年ぐらいだったですかね。

最後のやりたいことが、

歩いてみることだったのも、

面白かったのかもしれません。

確かにやってみたいことの

大きな、大きなひとつでした。

・・・で、

それが今回完了して、

ボクの中で、

何か物語のひとつが終わった。

なんで終わるのか?

これが

本当にやりたいことだったら、

終わりってあるのかな?

・・・という疑問もあったが、

あんまり深く考えなかったんです。

それより、なにより、

呆然としてる状態で・・・。

言いようのない感覚でした。

「やりたいこと」

「ワクワクすること」

やったはずのに・・・。

「他人の」やりたいことを生きていた??

その感覚、違和感は

ずっと消えなかったけど、

それでも相変わらず、旅を続けた。

もともと、最初は・・・。

金が尽きるまでやろう

・・・と思ってて、

いよいよ尽きるな!

・・・ってなると、

意外なところから

臨時収入が

あってきたりして継続できた。

これって、

まだまだ働くな!!

・・・ってことなのかな〜と思って。

旅をしてるとやっぱり、

それなりに

胸が熱くなる体験や

出会いがあって、

ああ、やっぱいいな〜!!

・・・で、

胸の奥に眠る小さな違和感を

上書きしていたように思うんです。

別にそれを掘り起こさなくても

十分OKな日々だったはずなんです。

それが、今回、韓国に行って

素晴らしい経験をして、

完全に抜けた感覚を味わったことで、

この小さな違和感に

誤魔化しが効かなくなってきた。

で、ある人に話した。

するとこうシンプルに返ってきた。

それってやりたいこと

じゃなかったんじゃないですか?

みんなが(他者が)思う

やりたいことを

やってたんじゃないですか?

確かに!

確かに!

確かに!

旅って、象徴的だし。

なんか、自由って感じだし。

そうだったのかな。

確かにそうだ。それもある。

ボク自身、じゃなくって、

みんなというか、

世間一般のよくある

やりたいことやっちゃった?

共同幻想のやりたいことをやっても、

結局、むなしい気持ちになるんです。

青春のやり残しを成仏させた

そして、もうひとつは、

若いころにやりたかったのに、

やってなかったことを、

今やった、っていうのがあります。

学生時代は、

悪知恵を出すことに知恵を使って、

モテるために必死になってたかな。

◯◯◯にチャレンジしてみたいな〜

・・・と思っていたのに、

やってなかった心残りを

1年で一気にチャレンジしてみた。

当時は一人旅とか、

ビビってできなかったし。

(結構、意外とビビリです♪)

昔、やり残したことをやり尽くした。

そっか。そりゃ終わるよね。

やり残したことが

「成仏」した、ってことですからね。

年齢を重ねてから、

こじらすといろんな意味で高くつく。

若い人は、

今のうちやっちゃえ!

人生積む前にツモれ!

国士無双ツモ〜♪

それでも素晴らしい道草だった

いま、思い返しても

本当に胸が熱くなります。

遠回りしたかもしれないけど、

ほんとうに素晴らしい道草だった。

この期間に出逢った人たち。

一緒にいた、

時間の長い短いは関係ない。

ほとんどすれ違っただけの一期一会だけど、

ほんとうにみんな大好です。心から感謝してます。

どれだけ、ボクを励まし、

勇気づけてくれ、価値観を変え、

楽しくさせてくれたか!・・・って。

道草の途中で、出逢った人たち、

一人欠けても、いまのボクにはなり得ない。

年齢幅はバラバラですけど、

よく受け入れてくれたな、と思います。

そして、よくここまで、

自分を諦めずにこれたな、と思うんです。

2月までは、

ずーっと自分を諦めてきてたから。

ボクには、

明確な転機があるんだけど、

それは、また別のお話で・・・。

生きている、ということ。いま、存在しているということ。自分の可能性を完全に信じるということ

「生きている」

この圧倒的な存在の前で、

この圧倒的な美しさの前で、

この圧倒的な神秘のまえで、

「やりたいこと」とか、

「ワクワク」とか、

そんなことさえ

クソでしかないと思う。

「やりたいことがない自分」

・・・には、

まったく価値がない、

なんて、どうして思っていたのだろう。

そして

なぜ奥底で

そう「思い込んで」いたのだろう。

やりたいこと=人の役に立つことって、

無意識に思い込んでいたんじゃないのか?

何者でもない自分は

生きてていいのかな?

生きてていいに決まってる。

だっていま、

そこに存在しているってことは、

いい、ってことじゃないですか?

それが、

何かはわからないけど、

自然界って

そういうことなんじゃないかな?

だからもっともっと

セルフィッシュでいいんじゃないのか?

そうでなければ、

結局は、誰の役にも

たたないんじゃないか?

そもそも、

誰かの役になんてたてない。

みんな「自分で決めて」

「自分で」生きていくしかない。

もし、あるとしたら、

生きざまとか在り方を

「感じてもらう」くらいのことです。

サンプルとして、シンプルに生きる

ボクは、勝手に

自分が生きたいように生きる。

みんな、それでいいと思う。

そして、

ボクが勝手に生きている姿を

ひとつのサンプルとして、

良くも悪くもシンプルに

参考にしてもらえれば・・・。

それで、いいのだと思う。

ボクは、あなたにはなれないし、

あなたは、ボクには、決してなれない。

この段階で唯一無二じゃない?

これって、すごくない?

誰かに影響力を及ぼす

・・・とか、

上からアドバイスなんてできない。

嘘くさい。

もしかしたら、

勝手に生きていくことそのものが

誰かにとっての

ラブレターになるのかもしれない。

結局、そういうことなのだと思う。

ボクは、ボクにしかできない。

ボクにしか歩けない道を

もう、すでに、歩き出しているんだ。

実は、気づいてなかった。

それなのに、

他者の評価や、意識の中を歩いていた。

そりゃ、

虚しいよ。

違和感あるよ。

ボクにしかできないこと。

ボクにしか歩けない道。

そこを歩くその瞬間、

きっとボクは、ボク自身を「生きている」

そして、

もしも、

もしも、

その先に、

誰もいなかったとしても、

それでも。

それでも。

ボクには、

見たい世界があるんだから。

だから、ボクは、

今、ここにいるのでしょう?

こうして

文章を綴っているのでしょう?

あれ、誰に向かって言ってる?

えへへ。

実は、未来の自分かも・・・。

ワクワクするためにでも、

やりたいことをするためにでも、

ましてや、

幸せになるために、

でもなくって、

ただ、ただ、ボクは

「自分自身を生きぬきたい」

・・・ってきっとずっと思ってたのかも。

こんな感じですかね〜♪

気づかないふりしてて、

本当に、ごめんなさい。

ただ、いのちを、

存在を、生きたい。

ボクにしかできないこと。

もしかしたら、

それは「他の人から見たら」とっても

地味でとっても、小さなことかもしれない。

くだらないことかもしれない。

役にたたないことかもしれない。

だけど、

他の人とか、どうでもいい。

ボクにしかできないこと。

ボクを生きるということ。

ふふふ。

きっとほんとうに小さなことだね。

些細な日常。

その先に広がる見たい世界。

それだけだったはずなのに。

幸せにすら、

なってもならなくても、

本当にもう、どうでもよくって・・・。

ただ、ただ、全部を使って、

ボクのすべてを使って、

この人生という神秘を味わって、

生き切って、ふわっと、

いやー、マジ、

堪能しちゃったな〜♪

・・・とか、言って最後を迎えたい。

堪能の中には、

ポジティブな感情や出来事だけじゃなくって、

ネガティブな感情や出来事ももちろん入ってる。

この、

いいとか、

悪いとか、

ポジティブだとか

ネガティブだとか

そういうジャッジも、

そういう自分の勝手な判断も

まぁ、もう、どうだっていい。

ましてや、

「他人が思う」幸せとか、不幸とか、

本当に、ほんとうにどうでもよくなった。

ジャッジする必要ある?

い い も、

悪 い も、

あ る ?

それさえも

思い込みだとしたら?

気のせいだとしたら?

まあ、そんなものに

振り回されてる自分も、

これも、また、オツなもの。

おっと、と、と・・・。

長くなりそうなので、続きはまた・・・。